私は難聴者? 自分のアイデンティティに疑問を抱いた女性。

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私は難聴者? 自分のアイデンティティに疑問を抱いた女性。

 小学校の頃、学校内でやる聴力検査の結果にひっかかった。病院に行くと感音性難聴と診断された。軽度難聴なので補聴器なしで会話もできるけれど、補聴器を使い始めた。両親からは「聞こえないときは相手に難聴のことを伝えて、分かるように言ってもらいなさい」と言われていた。両親の教育と、補聴器に興味をもつ小学生の友達の影響で、「自分は難聴者だ」と自然と受け入れていた。

 何不自由なく生活していた私も大学生になった。皆が違う服を着て、様々な学部に通い、異なった授業を受ける。授業内容も難しくなり、その道のプロフェッショナルである教授がものすごいスピードで教えてくれる。この時、私は「自分ってこんなに聞こえていない」ということを本当の意味で知った。聴力に変化はない。振り返ってみると、高校までは先生の言うことを聞き逃しても、まわりと同じ行動をすれば良かったし、大事なことは黒板やプリントに書いてあった。無意識のうちに視覚情報に頼って生活していたことに気づいた。それまで気付かなかっただけで、学校の先生や友達が配慮してくれていたのかもしれないとも思った。

 元々手話に興味があった私は、大学に入学してすぐに手話サークルに入った。ろう者・難聴者や、難聴を理解してくれる仲間と出会った。私が聞こえない時は、使う言葉や話す速さを変えてくれたり、手話や筆談という代替手段で関わってくれた。情報格差がない環境を体験して、いままで沢山の情報を取りこぼしていたことに気づいた。より一層、難聴者というアイデンティティが、自分に芽生えた。そして、「聞こえない人達の言語」として学び始めた手話は「自分の大事なコミュニケーション手段」の1つになった。

 難聴者であることが、自分の価値をさげてしましまうのではないか?と、自問自答し不安になることがあった。アルバイトの面接や、就職活動の時である。私の聴力では障害者手帳は交付されない。健常者の枠で採用されるのだから、聞こえません、とは言えないと思った。だから、本当は電話も、広い部屋で行われる面接も苦手だったけれど、言い出すことができなかった。この時「難聴者である」というアイデンティティが崩れていく感覚を覚えた。中には私の補聴器に気付き、「採用には一切影響しないので、配慮が必要であれば教えて下さい」と声をかけてくださった会社もあった。私から言うべきことなのに言えていなかったからこそ、相手側から歩み寄ってくれたことがとても嬉しかった。

 自分は「難聴者」というアイデンティティを持っている。けれど社会に出てからは、それをつき通したいという気持ちだけではなくて、「聞こえる人」として振る舞うべきだと思う気持ちがやはりあって、今はできる限り「聞こえる人」でいようとしている。仕事を含め、社会では様々な方々と関わる。それなら、大きな支障が出ない限りは、少し聞こえなくても上手く誤魔化していた方が楽だな、とも感じてしまって、難聴のことはなかなか言い出せない。でもやっぱりオープンにしたいな、とも心の中では思っている。

読者に伝えたいこと

 私と同じ軽度〜中度難聴者の方へ、同じように考え、悩む人がいるんだということを伝えたい。
私は仕事で沢山の難聴者に会って、聴覚障がい者の中でも特に軽中度難聴者は孤独な状況にいる人が多いということを感じた。
彼らの多くは自分以外の難聴者に会う機会がなく、聴社会では「少し聞こえなくても気にするな」と忘れ去られ、ろうコミュニティにも属さず(属せず?)にいる。自分の難聴について考えや悩みを共有したり、またその中で自分の状況を客観的に見るというような機会が十分に得られていないのかな?と思っている。
だから私の記事が、誰かの聞こえにくさに向き合うきっかけになって、その人と社会とのコミュニケーションが今より快適になればいいなって思っている。

編集後記

 今回の大手さんのインタビューでは、「アイデンティティ」という自分が何者なのか、何に帰属しているのかということがメインテーマだったのかなと思います。大手さんが学生時代に獲得した「難聴者」という自分らしさを、社会で”上手く”生きていくいくためには隠さざる終えない状況にあることを知りました。学校現場では、教科書やプリント、名簿など、無意識のうちにバリアフリーな環境があったにもかかわらず、年齢とともに「自立」という観点から、そのような万人への配慮が無くなっていってしまうことに気づきました。誰もが自分自身の力を最大限に発揮できるような社会作りがされていくことを、心から願い、私自身も変えていけるように全力で取り組んでいきたいと思います。

熊谷修平 (くまがいしゅうへい)
熊谷修平 (くまがいしゅうへい)

デフシル代表:片耳中途失調者

日本手話/日本語字幕付

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